生物多様性とは
にじゅうまるプロジェクトでは、「生命の多様さ・生命育む場の多様さと多彩なつながり=生物多様性」と表現していますが、ここでは、少し詳しくこの言葉について紹介します。
生物多様性とは、Biodiversityの訳語です。Biodiversityという言葉は、1988年に生まれ、1990年の初めには(公財)日本自然保護協会の国際セミナーを通じて日本に紹介されるなど、急速に世界各地にひろまり、1992年の生物多様性条約という国際条約まで作られるほどになりました。が、「生物多様性はわかりにくい」と今なお言われています。
正式に言うと、生物多様性の定義は「「生物の多様性」とは、すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む。(生物多様性第2条用語)」とされています。英語では、”Biological diversity” means the variability among living organisms from all sources including, inter alia, terrestrial, marine and other aquatic ecosystems and the ecological complexes of which they are part; this includes diversity within species, between species and of ecosystems”というのが原文で、variabilityは変異性とも訳されますが、元の意味(Vary +Ability)をとると「変われる力がある」というニュアンスがあることに注目してほしいと思います。
生物多様性がある(豊か)というのはどういう状態を指すのでしょうか。同じ種のなかでも違いが生まれ、多様性があることで環境への変化に強くなる(病気が蔓延したときに、遺伝的にその病気に強いものが現れる可能性が高くなるなど)。種間の違いが多様であるほどシステムとして安定し(複数の昆虫が、受粉を助ける(ポリネーター)役割を演じることで、ある特定の昆虫が地域的に絶滅しても、果実がつかなくなるリスクが減る。生態系のつながり、連続性があればあるほど、気候変動(気温や降水量の変化)などの大きな変動の中でも、より極端な変化に見舞われない、生態系や水循環などの安定的状態を維持する可能性が高まります。
「熱帯雨林は生物多様性が豊か」という言い方で、あたかも砂漠やツンドラ地帯のような“森の無い”生態系が豊かでないような言い方があるのですが、種数が多いという意味では正しいですが、生物多様性条約の定める生物多様性の意義からすると間違いで、数千数万年という長い変動の中で適応してきた(適応することのできる)生態系や生物種と相互作用を保持しているところは生物多様性が豊かといってよいのです。逆にいえば、人為が加わりすぎた単一植生の林(プランテーション)などは短期的な生産性や管理の効率性は高いかもしれないが、長期的な環境変化(疾病の流行、気温や降水量の変化)へのリスクが高い状態です。生物多様性という言葉・概念に注目しようということは、いままで無視されてきたあるいはこの逆の方向が社会にあったということです。多様性の反対は、「均質化・同質化」。経済活動が追い求めてきた「効率性」から考えると、均質であったほうが短期的には間違いなく生産性が高いのですが、長期的な視野で見たときには、社会にマイナスになることも多くあります。
「変われる力は」、最近では回復力(resilience)とも言います。
生物多様性条約と一緒に1992年に生まれた気候変動枠組み条約は、温暖化効果ガスの排出を抑えて、気候の変動を抑えることをめざしています。この二つの条約が「双子の条約」と言われる由縁は、地球規模の変化を抑えようという「気候変動枠組み条約」と、変化に強い状態で自然を守り賢く利用しようという「生物多様性条約」という互いを補う形で機能しているからです。
生物多様性とセットで使われる言葉の一つに、生態系サービスという言葉があります。こちらも概念としては古くから存在しますが、国際的に注目されたのは、国連ミレニアムアセスメント(Millennium Ecosystem Assessment)という報告書が出てからです。人類社会の存続に欠かせない自然がもたらす多様な恵みを「生態系サービス」と名付け、大きく、供給サービス(木材・食料・素材等などモノ)、調整サービス(水源涵養、浄化、受粉などモノ以外の恵み)、文化サービス(宗教、芸術、文化)そしてその基盤サービス(光合成や栄養循環)に分類されました。ミレニアム生態系評価および「生物多様性と生態系の経済学(TEEB: The Economics of Ecosystem and Biodiversity)」などでは、この生態系サービスの価値評価、生態サービスの特性(公益性の高いものもあれば、私的取引のできるものもある)、トレードオフの関係性(調整サービスを失う代わりに供給サービスを高める)等を明らかにしました。
生物多様性と生態系サービスの関係はこれでいうと、生態系サービスを生み出すものが生物多様性であり、かつ、将来にわたってこのサービスを受け続けるためには生物多様性を保っている(変わる力、変化に対応できる力)必要があるという関係です。