アジアフォーラム参加を通じて感じたこと

IUCN第6回アジア地域自然保護フォーラムが終わりました。個人的に感じたことをまとめたいと思います。(*本意見は筆者個人のものであり、特定の団体の意思を代表するものではありません。)

アジア地域自然保護フォーラム:何であって、何でないか

このIUCNアジア地域自然保護フォーラムは、4年に1度開催されるIUCNの世界自然保護会議の前年に各地域で開催されるフォーラムの一つです。基本的には、世界自然保護会議の準備につながるものですが、前回自然保護会議からの経過・地域の最新の自然保護の成果や課題の共有・次回自然保護会議に向けた準備を行う会議体であって、意思決定を行う場面ではありませんでした。
そのため、一つの意見・形に集約されたものが出来たわけでなく、多様な視点の提供が重要な成果であり、だからこそ、実際の参加者による感想というのがフォーラムの成果を理解するうえで貴重な情報となると考え、未整理の部分もありますがここに記したいと思います。

アジア地域委員長 東アジアからの選出

ただ、今回の会議で唯一決定されたことが、アジア地域委員会の委員長の選挙があり、マ・ケピン氏が選出されたことです。これまで、ソウル大学のスーヤンベ先生が委員長を6-7年間勤めてこられ、アジア地域フォーラムの進行などを担ってきましたが、これからは中国のマ・ケピン氏がアジアを牽引することになります。マ・ケピン氏は植物生態学の研究者(中国レッドリストの取りまとめのヘッド)でありつつ、IUCNや生物多様性条約にも関わりが深いことから、最適の人選(立候補)だと感じます。
東アジアからアジア地域のリーダーが選出されたことは喜ばしいと同時に、日本は今後どのようにアジア地域に影響を及ぼし、支援していくか考えなければならないなと感じました。

アジア自然保護の課題と、他のフォーラムでの議論の差異

今回のフォーラムの発表や会場からの意見などを聞いてアジア地域の自然保護上のキーワードを感じました。

一つ目のキーワードは、「国境横断型の取り組み」です。これには、朝鮮半島における国境横断型の保護林、インド洋沿岸域のマングローブ林保全、ヒマラヤよりインド洋につながる流域保全、中国からミャンマー・タイ・ラオス・カンボジア・ベトナムを通るメコン川流域の保全等についての取組みや保全への提言などがありました。

もう一つは、国境横断型の取り組みでもあるのですが「野生生物(違法)取引」の課題です。ホスト国のタイではカオヤイ国立公園(世界自然遺産登録)からレッドウッドが違法伐採され、東南アジアのいくつかのルートを通って中国に違法輸出されるという課題を報告しています。それ以外にも野生動物やその一部分が漢方等に用いられるという捕獲圧力があり、その課題についても議論がありました。
国境横断型の事業が注目されるということは、国家間連携が少しずつ生まれているということの現われかもしれません。アジアは多様な独自の歴史を持つと同時に、アジアの外の文明圏から侵略・統治された歴史も抱える国が多くあります(逆に、帝国主義の狭間で統治されなかったタイのような国もある)。そういう歴史が生み出した国家連携の断絶というものから新しい動きが生まれているのかなと少し大きな視点ですが感じました。

一方で、生物多様性条約等の議論で重視される主流化や企業・自治体関連のアジアでの取り組みについては余り発表・議論の機会が少なかったように思います(スピーカーでは二人ほどいたのですが、企業の参画を進めようという議論は余り感じられなかった)。そのため自然資本、ISO14001、CSRなどといったキーワードのインプットはあったものの、議論の深まりは感じなかった印象で、この点については日本における企業の活発な動きとのギャップを感じました。生物多様性オフセット(企業に限る文脈ではありませんが)についても心情的な部分もあってか否定的な意見を声大きく主張するかたが多いように感じました。それが意見の全部とは判断できませんが。

進む、IUCNの組織改革

IUCNでは、Framework of Action to Strengthen the Unionという自己組織改革の動きを強く感じました。

1.IUCNの抱える危機とチャンス、2.IUCNの強み、3.政策への働きかけ、4.IUCNへの期待、5.IUCNプログラムが出すべき成果、6.IUCNの運営強化というテーマの議論を通じて、IUCN(会員・専門委員会・事務局(理事))が生物多様性保全にもっと大きな影響を及ぼすために不断の改革努力を続けていることが、規約改正・会員制度改革などの議論で伺えました。一部の会員からは、IUCN改革を進める理事会と会員との情報ギャップをもっと埋めて欲しいという注文が出るほどで、この動きはきっと会員にとっても大変な試みと思います。なぜこのような改革が進んでいるかという問いに対して、アスラム理事(パキスタン・西アジア地域選出)が「IUCNが変わりつつある世界に対応できていない(かもしれない)」からであると話していたことが印象的です。

2020年 Tipping-, Turning- and Starting- Point

第6回世界自然保護会議(2016年9月)の準備会合でありましたが、第6回世界自然保護会議が採択する4カ年計画の最終年である2020年を意識させるセッションを事務局長主導で設定されていたことが大変印象的でした(インガー事務局長自身は移動のトラブルで参加できず)。生物多様性条約戦略計画および愛知ターゲット最終年かつ次期目標検討年、(無事に合意されれば)京都議定書の次期枠組みの開始年、IUCNが持続可能な開発という概念を、世界自然保護戦略(World Conservation Strategy)で提唱してから40周年にあたる年です(*)。

これまでIUCNの4カ年計画は、世界自然保護会議を経るごとに表現を変えてきたのですが、これを維持する方針を示したり、10年または12年の期間でIUCNの成果を把握する長期的視点が採用されたりと注目すべき変化があります。生物多様性保全へのこのような視点の変化は、日本の事情と符合する部分もあり、あるいは日本の動きを先取りしたずっと未来志向の部分もあります。

今回の議論はあくまでもアジアでの議論のため、世界8地域での検討を踏まえ、第6回世界自然保護会議で何が話し合われ、どのような方向性が決定されるのかが非常に楽しみであると共に、日本として、どのようにこの動きに関わっていくべきか、関わっていけるのか、多くの活動への示唆を受けるフォーラムでした。

この概念を、国連課題の中心概念にすえたのは日本政府提唱のブルントラント委員会による”Our Common Future” といわれている。

(公財)日本自然保護協会/IUCN-J事務局長 道家哲平