今話題の映画でも尊重される「先住民の伝統的知識」
先住民地域共同体代表者の交渉の日々
先住民地域共同体(IPLCs)には、生物多様性条約(CBD)の交渉プロセスにおいて発言の機会が担保されています。完全で効果的な参加(Full and effective participation)を求めるIPLCsにとってそれは、必ず声明(statement)を作って意見を述べるべきだという事を意味します。なので、交渉日程に入るととても忙しく、タフな毎日を過ごします。
参加者は世界中から会議に合わせてそのたびに集まるので、COPやSBSTTAの時には、会議の前日を1~2日間使って交渉の準備をします。来る人がすべての過程に参加しているわけではないので、前回のCOP以降行われたIPBESや各地の作業部会の報告、交渉議題について、それぞれ参加した人からの報告や重要事項の確認を行い、現在の到達点への意見交換を行います。
その後、これから取り組む会議の交渉スケジュールを確認し、行動すべきことの共有など行った後、各自がどのテーマを追いかけたいかをそれぞれ伝えます。そして、そのテーマごとにグループに分かれて本会議で読み上げるstatementの素案を作ります。
おおむね主張の骨子がまとまってきたら、再集合し、互いの議題の骨子の確認を行い、開会時の声明(opening statement)の中に入れるべきエッセンスを確認していきます。Opening statementの起案と並行して、議題ごとのstatementチームもメールや顔を合わせての打合せをしながら文書を作成したり、ロビー活動の作戦を立てたりしていくのです。
交渉日程が始まると、10時からの本会議に合わせ、毎朝8:30から9:00には集合して、その日読み上げるべきstatementの文面の確認をします。読みあげる人が実際に文面を読み上げて時間をはかりながら、段落のバランスを調整したり、こなれた文章に編集したりします。通常この会議は、最低でも英語とスペイン語の同時通訳が入って行われます。
また、日程が進んでStatementの読み上げが終わる段階になると、そのあとは、会議ペーパーやCRPやコンタクトグループの交渉を追いかけるだけでなく、本会議の交渉を追いかける以外の部分で、各地で取り組むべきこと、次の会議にむけた準備など並行し打ち合わせを行ったりします。ポスト愛知目標に関する意見提出などのように条約プロセスの中でもとめられているパブコメなどがあれば、議場に行かず文面を作ったりすることもあります。毎朝の準備会議ではこれらの動きがすべて報告され、全体として何に取り組んでいるかがわかるように取り組んでいくのです。
こうして、会期中はずっと濃密なコミュニケーションをとるので、参加者それぞれの性格への理解や、互いに尊敬すべきところなどが相まって、会期の終わりが見えるころにはまるで親戚のような関係性になります。そして、毎朝早朝から深夜まで、人によっては外国語でもある国連公用語を使ってひたすら議論し続けるので、一緒にリラックスできる瞬間があると、それは非常にいとおしく、大切で、忘れがたい瞬間になります。
Working Groupではなく、Watching Groupの設立
今回のSBSTTA23は連日にわたって夜中11時過ぎまでコンタクトグループが開かれていたのでなかなか時間が取れませんでしたが、SBSTTA23の前の8jWG11の会期中、IPLCsの仲間たちは2日にわかれてグループを作り、公開されたばかりのディズニー映画『アナと雪の女王(Frozen)Ⅱ』の3D映画を見に行きました。「IPLCs Ad Hoc Watching Group on Frozen 2」です。
ネタバレになってしまうので映画の中身はあまり紹介できませんが、北欧を舞台にしたこの映画は第一作目の時には、北極圏に居住するサーミ民族の伝統的な音楽など使いながらもサーミ民族をモデルにしたトナカイ飼いの表現が文化を正しく扱っていないのではないかと、批判にさらされました。そうした声をうけて、今回ディズニーは、表現を正確なものにしていくべくサーミの指導者たちと契約を交わし、文化考証を丁寧に行って第二作を作ったというニュースもありました。
私が参加した第1回AHWG-F2にはサーミの人が2人参加しており、映画の後、彼女たちに感想を聞いてみると、実際に物語のベースとなった世界観や社会背景は、現在のサーミの人々がおかれている状況と通じ合うものがあって、自分たちの物語だと思ったとのことでした。最後のクレジットの部分では「special thanks to」としてたくさんのサーミ語で表記された人々の名前が並んでおり、字幕をみた瞬間に、映画を見ながら爆笑したり、そのメッセージに号泣したりしてもりあがった私たちは「Thank you Saami!」と声をあげたのでした。
愛知目標では、名古屋議定書と関係する遺伝資源についてを記した目標16においてのみABSが定められています。ですが、先住民族や地域コミュニティがもっている伝統的知識とは、遺伝資源への取り扱いだけでなく、保全の現場におけるあらゆる慣習的な持続可能な利用(Customary Sustainable Use)の中にあります。その知識は、あらゆる場面で尊重されることが必要です。IPLCsでは、ポスト2020枠組みのあらゆる目標に「先住民族の権利(indigenous rights)」を入れていきたいと考えて、現在、できる限りの取り組みを進めています。
AHWG-F2に参加した私たちは、ディズニーという社会的にも大きな影響力をもつ映画会社がこのような形で先住民の文化を尊重した作品を発表したことに感激しました。
夜遅い時間でしたが、映画館には子供連れの人もたくさんいて、大きな声で笑ったり反応したりするカナダの映画館の雰囲気に驚きながら、楽しい時間を過ごしました。サーミの民族衣装を着ていた仲間がいたので囲んで写真を撮っていたら、彼女は地元の方にも声をかけられて、サーミのことを紹介していました。
アナ雪Ⅱは現在、サーミ語の翻訳も製作中だそうです。
私にはサーミの言葉はわかりませんが、クリスマスのころには公開されるとのことで、そのニュースが届く日がとても楽しみです。
国連生物多様性の10年市民ネットワーク 三石朱美