第4回ポスト2020作業部会を振り返って

2019年8月ポスト2020作業部会(OEWG)の第1回(OEWG1)が開かれたナイロビから、新型コロナのために、3年が経ち、予定になかった「第4回(OEWG4)」という形で、生物多様性条約の関係者(政府、国連・国際機関・NGO、先住民地域共同体)は、急遽再びナイロビに集うことになりました。

ナイロビ国立公園にて

ナイロビ国立公園にて

このプロセスの始まるCOP14から、ひいては、COP9の前から関わってきた国際自然保護連合日本委員会は、地球環境基金および経団連自然保護基金や企業の支援をいただきながら、会議への参加を通じて、その情報を発信してきました。
OEWG1の報告会:http://bd20.jp/19-10-02/

前回記事でポスト2020生物多様性世界枠組み(Post 2020 Global Biodiversity Framework。略してGBF)の中身に関する成果というには疑問符がつく成果文書の解説をしましたので、少し大きな視点で、今回の会議の成果を振り返りたいと思います。

*本原稿は、ナイロビ会合帰国中(2022年6月28日)にまとめました。本意見や分析は、団体を代表するものではありません。

日本自然保護協会/国際自然保護連合日本委員会
道家哲平

1.「合意に至らなかった」ことをどう見るか?

日本の報道では、「合意に至らず、関係者に懸念が広がる」というトーンで書かれているものが多く見られます。字数を使ってより正確に表現するには「合意文書案を整理しきれずに懸念が広がる」が正しいと思っています。

会議全体の進行としては、今回の会議は、合意をする場ではありませんでした。思い思いに装飾を施し本体が見えなくなった「クリスマスツリー」と揶揄されるような、OEWG3が含まれるジュネーブ会合で膨れ上がった不要な表現を消し、重要な論点を明確化し、COP15までの更なる協議のために整理するべき情報を明確化することが、OEWG4に期待された役割でした。例えば、持続可能な消費の推進のなかで、目標の定め方等の案がこのOEWG4で絞り込めたなら、今後ドイツのボンで開かれる指標に関する専門家ワークショップ、数的把握が可能な目標の書き方はどちらかなどをより明確化できます。

ちなみに、クリスマスツリーの飾りはキリスト教のモチーフ(ヒイラギの実の赤は、キリストの血を象徴するという説など)が多いので、七夕の飾り(網は豊漁、紙衣は健康、短冊は家裁技術向上や安寧への願いなど)の方が比喩にはふさわしいなと思っています。

OEWG4の役割については、結論からすると、成果はあったが不十分、でしょう。ゴールや行動目標案について、すっきり整理されたもの(ほんの僅か。例えば行動目標12「緑地・親水空間の拡大」)、余計なカギカッコ(非合意箇所)を外し、論点を絞った目標案もあれば、再び「飾りつけ」を始めてしまい、当初案(ジュネーブ会合成果案(カギカッコ付き))に戻った文章もあります。

個人的には、GBFで注目されるゴールや行動目標以外のセクションは重複がまだまだ残り、例えば、実施や支援メカニズムは、GBF本体の文章とは別の「能力養成戦略」「資源動員戦略」「ジェンダーアクションプラン」などの関連決議の交渉があるので、関連決議を参照とするくらいの軽い文章で集約化した方が、よりシンプル(かつ、交渉の重複を避けられる)にできたと思っています。

2.ポスト2020枠組み合意の課題

ポスト2020枠組みを合意に導くための課題について、ナイロビ会合を終えた今4つがあるのではないかと感じています。

1) 分かりやすいとは何か?

今回の会議で、よく言われたキーワードは、Communicable(コミュニケーションしやすい)、Simple(単純)、Concise(簡潔)、Streamline(合意化された、流れの良い文章)という言葉です。いずれも、分かりやすくするためのキーワードです。つまり交渉官の誰もが、ポスト2020枠組みは「理解するのに困難な文章」が本質であると考えています。人と自然の関係についての方向性を定めるものが、簡単にできない(理解できない)ことは当たり前です。(理解が簡単なら、生物多様性はこれほど世界的な危機に陥っていないでしょう)。

OEWG4成果文章にあるブラケットのほとんどが、簡潔にするか、具体記述を入れるかで分かれているものがほとんどです(資金をめぐる議論は、出す側、求める側で言い分が違うのは自明なので置いておく)。

例えば企業の主流化の中で、
A「ビジネス活動の意思決定に生物多様性を判断材料に入れていくことが必要だ」と
B「とりわけ、第1次産業・鉱工業・インフラ・金融などの生物多様性への影響が多い活動を含め、ビジネス活動の意思決定に生物多様性を判断材料に入れておくことが必要だ」という二つの文がある場合、「AとBはどちらが分かりやすいでしょうか」、同時に、Bのような具体の書き方を全セクション、全22の目標で繰り返すと、単純にページ数は2倍になります。「稟議はA4で1~2ページにしろ」と言われ「そんな少ない情報で正しい判断できるのか?」と思った社会人のかたは相当おられるのではないでしょうか。

2) 課題解決の方法は、自然に根差した解決策(NbS)か、技術による解決(テクノフィックス)か

ナイロビ会合の交渉で、私が最もバチバチ火花が飛んでいるなと感じたのは「農業」です。世界の人口は拡大し、食料需要が引き続き高まる中で、有機農業等の推進で土壌の生物多様性の向上や健康の増進と同時に炭素貯蔵量の増加による気候変動対策ができるなど複数便益を追求する「自然に根差した解決策」を志向する意見と、気候変動耐性種子・生産性向上のための技術革新など、農地の生産性や生産効率の追求によって農地拡大を押さえて、自然地域への拡大を抑えるというテクノフィックス(技術による課題解決)を志向する意見とがあったように感じます。

食は人にとって根源的な課題です。個人的にはNbSの方向性にもっと重点を置くべきだと思いますが、他方、どちらかだけを追求することの危険性も感じます。折り合い方は時間がかかる課題ですが、COP10の愛知目標の時以上に、踏み込んで切実に検討と衝突を重ねているように感じています。

3) 「公正」は簡略してよいか

気候変動や他の環境条約についてはそれほど知識がないものの、その比較してみると、生物多様性条約(やそのコミュニティー)は、ジェンダーや先住民地域共同体、ユースへの配慮などの「公正(equity)」について、市民社会が多くを勝ち取ってきた世界ではないかと感じています(学問的に検証したものを参照しているわけではありません)。

OEWG4の成果文書を見てみると、そこかしこに公正のための記述がカギカッコされながらも書かれています。例えば、先住民地域共同体との関係で言えば、保護地域含めた土地利用(行動目標1~3)の中で彼らの土地への関りの保証(land tenure)が関係してきますし、野生生物の持続可能な利用(行動目標4,5)であれば慣習的利用(Customary use)関係します。知識の政策活用(行動目標20)であれば、勝手に伝統的知識を利用しないように、自由状態での十分な情報に基づいた同意(FPIC)などを保障しないといけないでしょう。参画(行動目標21や22(ジェンダー参画?))や、資源へのアクセス(行動目標19)も大事です。

大事なのはわかりますが、これらの注記が、行動目標全体の文量を増やします。明記することで課題を認識してもらうのか、別(例えば原則のBbis)に記載することで、文章全体をスリム化するのか、どちらが正しいのか、難しいところです。私が議長役であるなら、合意できる範囲で記述の具体化(長文化)を許容しつつ、実施段階では、コミュニケーションデザインに予算を割いてコミュニケーション用の資料を簡略化し、目標実施への多様な支援・行動者を集める決断をするかなと思います(2022年6月28日時点の思い)

4) 「生物多様性」枠組み、それとも、「世界」枠組み

ゴールAあるいは行動目標1~3の論点の大きなところとして、海の扱いがあると感じました。生物多様性条約では、条約の範囲を、国の主権や自国の管理の範囲内とし、どの国にも属さない海域(公海)については適用範囲外となっています(第4条適用範囲)。そのため、公海については国連海洋法条約の枠内での協議を進める国連下の別プロセス(最新の交渉(2022年3月)の報告:IISD ENBの第4回IGC on BBNJ参照)で協議が行われているところです。

この議論との整合が、Areaかecosystemか、どちらの表現を取るかの争点の一つとなっているように感じました。端的に言えば、「生物多様性条約の枠組み」なのか、他条約なども巻き込む「世界枠組み」なのかです。この争点は、気候変動枠組み条約との連動、農業あるいは食料システム改革との連動、汚染物質(別条約や条約交渉が存在)の目標設定との連動など、そこかしこに出てきます。また、この論点は、分かりやすさ(なぜ、分かりやすくしなければならないか)の課題とも通じる点です。

3 解決へと橋渡しする「政治的なリーダーシップ」は、今どこに?

上記、4点の課題を整理しながら考えることは、両論併記となった部分は、どちらにもメリット・デメリットがあり、乱暴にいえばどちらのアプローチでも、それぞれのデメリットを減らす手法があるということです。そう考えると、解決の方向性をどこに求めるか?誰がその方向性を指示するか(できるか)かが大事です。

通常このような課題は、議長国からの強いプレゼンスや、ハイレベルセグメント(閣僚級会合)の開催と、その際に裏で行われ(ているらしい)会談・議長国の動きで解決が見いだされることがありました(参照:『環境外交の舞台裏 大臣が語るCOP10の真実』日経BP社)。COP15パート2がモントリオール開催と決定しましたが、引き続き議長国は中国せいふです。なお、ハイレベル会合の開催の有無についてはまだ不明です。パート1(2021年10月開催)がハイレベル会合の役割を果たしたので開催不要となると、妥協点の見出し方がかなり大変なのではないかと思います。

なお、このハイレベル会合は、資源動員の議論でも重要な役割を担うと思われます。資源動員目標は、正直、この1年間争点は変わらず、議論は平行線のままです。COP10の時は、生物多様性日本基金(総額50億円(条約の年間運営費の5倍相当))の創出も一つの交渉カードとして合意への大きな役割(とその後の実施)を果たしたと言われています。

議長国が中国、ホスト国がカナダということになる中で、実は、政治的リーダーシップを発揮して合意を導くためには、両国の連携がかなり重要になるのではないかと感じています。

「すべてのいのちと共にある未来へ(Building a shared future for all life)」(国際生物多様性の日2022)、「解決策は自然の中に(Our solution are in Nature)」(国際生物多様性の日2020)、私たち自身が解決の解決の鍵(We are part of Solutions)」(国際生物多様性の日2021)。この3年間の生物多様性条約のコミュニケーションのキーワードです。

NGO、先住民地域共同体、企業や金融、自治体、ジェンダーグループ、ユース、そしてIUCNもポスト2020枠組みの合意と、実施への貢献をナイロビ会合で訴えました。これらを結びつける今必要なキャンペーンワードを考えるなら、「I’ll be leader for shared solutions. Are you?」(私は解決のリーダーになる。あなたは?)と訴えるのが、ふさわしいのではないでしょうか。