GBFにおいて生態系の”integrity”をどう定義し、測定するか

GBFにおける生態系の”integrity”

生態系の”integrity”は、GBF第一草案のゴールAに記載されています(赤字:筆者による強調)。

“Goal A. The integrity of all ecosystems is enhanced, with an increase of at least 15% in the area, connectivity and integrity of natural ecosystems, supporting healthy and resilient populations of all species, the rate of extinctions has been reduced at least tenfold, and the risk of species extinctions across all taxonomic and functional groups, is halved, and genetic diversity of wild and domesticated species is safeguarded, with at least 90% of genetic diversity within all species maintained.”

これを環境省では以下のように仮訳しています。

「ゴール 自然生態系の面積、連結性及び一体性が少なくとも15%増加し、すべての生態系サービスの一体性が強化されることで、すべての種の健全かつレジリエントな個体群が支えられるとともに、絶滅率が少なくとも十分の一に削減され、すべての分類学及び機能群に属する種のリスクが減らされ、また、野生及び家畜化された種が保護されることで、すべての種の少なくとも90パーセントの遺伝的多様性が維持される。」

ところで、生態系の”integrity”とはどのような概念でしょうか。様々な解説がありますが、以下に研究論文とIUCN世界自然保護会議(WCC: World Conservation Congress)2020の決議からご紹介します。

“Ecosystem integrity is defined as the system’s capacity to maintain structure and ecosystem functions using processes and elements characteristic for its ecoregion (Dorren et al., 2004) ”

“… ecosystem integrity refers to the presence of viable and ecologically functional species populations within sufficient quality and extent of habitat, … (IUCN WCC-2020-Res-034, 2021)”

概念的な説明なので、なかなか理解しづらいかと思います。環境省の仮訳では「一体性」ですが、他に「完全性」「健全性」と記載されている文献もあります。自然生態系に関しては、人の手が入っていない生態系が最も良い状態と考えられるため後者の訳語が合っているように思います。一方、日本では人の手により維持されてきた里地・里山・里海生態系も多いため、前者の訳語が現実に即しているとも考えられます。皆さんはどちらの訳語がしっくりくるでしょうか。

GBFにおいて生態系の”integrity”をどう定義し、測定するか

GBFの議論において、野生生物保全協会(WCS: Wildlife Conservation Society)は”integrity”についてのロビーイングを熱心に展開しており、解説書を都度更新・提供しています。今回表記のタイトルで開催されたサイドイベントもその一環と考えられます。

サイドイベントの様子

サイドイベントの様子

最初にフィンランドの政府代表団の方が開会挨拶の中で、「”integrity”はまだGBFの指標になっていないが、保護区(特に海洋保護区)の効果的管理について質・量の観点から計測するために非常に重要である」と説明されました。

次に3名の研究者から、現在、”integrity”に関連した既存の情報として、「IUCN生態系レッドリスト」、「国連環境経済統合勘定 生態系勘定(UNSEEA EA: United Nations System of Environmental Economic Accounting Ecosystem Accounting)」、「IUCN地球規模生態系タイポロジー(IUCN Global Ecosystem Typology)」、「森林構造状態指標(SCI: Forest Structural Condition Index)」「伝承調整人間フットプリント指標(Legacy-adjusted Human Footprint Index(LHFI))」「生態系完全度指数(Ecosystem Intactness Index)」「森林土地景観健全性指標(Forest Landscape Integrity Index)」「健全なサンゴ礁指標群(Healthy Coral Reef Indicators)」が紹介されました。

http://bd20.jp/wp-content/uploads/2022/03/IUCN生態系レッドリスト・国連環境経済統合勘定生態系勘定・IUCN地球規模生態系タイポロジー

IUCN生態系レッドリスト・国連環境経済統合勘定生態系勘定・IUCN地球規模生態系タイポロジー

森林構造状態指標・伝承調整人間フットプリント指標

森林構造状態指標・伝承調整人間フットプリント指標

生態系完全度指数

生態系完全度指数

森林土地景観健全性指標

森林土地景観健全性指標

健全なサンゴ礁指標群

健全なサンゴ礁指標群

質疑応答

現場での質疑応答の中から、いくつかご紹介します。
Q:リモートセンシングの活用についてはどう考えるか?
A:今後、ポスト2020生物多様性枠組の指標について試行する中で、将来的に組み込まれる可能性はあると考えている。

Q:生態系の持続可能な利用に関する指標についてはどう考えるか?
A:社会経済学的なモニタリングの中で研究が進められているが、生態系integrity指標に社会的要素を組み込むのは困難な課題だ。しかし、社会的要素は考慮しなければならないと考えている。

Q:海洋生態系、特にサンゴ礁生態系のintegrity指標についてはどう考えるか?
A:生態系別に指標を作る必要性は無いと考えている。例えばUNSEEA EAは全ての生態系に適用できる。指標については、作るだけでなく利用についても議論する必要がある。国レベルではモニタリング等に関する能力開発やリモートセンシングの活用が必要となるだろう。

質疑応答

質疑応答

今後のモニタリング指標の議論に生態系integrity指標がどのように反映されるのか、注目したいと思います。

宮本育昌
(国連生物多様性の10年市民ネットワーク)